埼玉県の行政医師として長年、公衆衛生に携わってきた土屋 久幸先生。58歳で行政を退職し、臨床医として在宅診療に踏み出すまでには、あるきっかけと強い決意がありました。
マクロの視点で地域全体の健康を支える公衆衛生の仕事から、患者一人ひとりと向き合う臨床へ。その転身に込めた思いと、臨床に戻ることの意味について伺います。
医療行政30年、喪失体験から在宅診療への転身
――現在はどのような診療をなさっているのですか
2022年から、週に3日ほど在宅診療に従事しています。元々、医療・衛生行政に携わっていた関係で、産業医や知的障碍者施設の衛生指導や健康管理といった仕事も合わせて行っています。
――どのようなことをされていたのですか。
埼玉県に勤める公務員として、おもに県庁や保健所で、救急医療や病診連携、在宅診療の推進などの医療体制の整備、食中毒対応や感染症対策などの業務を担っていました。臨床研修後すぐに埼玉県に入職したので、58歳で退職するまでの31年間、医師ではありましたが行政マンとして働いてきました。
――30年余り続けた行政職から臨床に戻ろうと決めた理由は
僕が52歳のとき、妹を亡くしたことがきっかけです。妹は原因不明の難病で、外の空気に触れると体が凍えて外出すら困難でした。やっとの思いで受診した総合病院の紹介で、大学病院に検査入院しましたが診断がつきませんでした。退院後、近医で往診を断られて途方に暮れるうちに病状は進み、妹は旅立ってしまいました。外出できないと医療が受けられない。この経験が、在宅医療を充実させたいという思いにつながりました。行政医師として在宅医療体制の整備を進めていましたが、一朝一夕には進みません。ならば自分がやろう。そう決めて、58歳で退職して、在宅診療をするために臨床に戻るに至りました。
外に出られず医療を受けられなかった妹から、「お兄ちゃん、自宅から出られない人も診てあげてね」と託されたと思っています。
画面越しでも“同じ場にいる”と感じる、現場さながらのオンライン学習
――臨床に戻る手がかりとして総合医育成プログラムを受講された
はい、2023年から受講しました。臨床に戻ろうと決めたとき、はじめに「新認定内科医専門対策講座 臓器別総整理編」というDVDで、まず40時間ほど勉強したんです。大学の系統講義のようで病気の基礎は整理できましたが、実地臨床にはつながりにくい内容でした。
実際の診療で知識を使うには、もっと工夫や応用が必要だと感じて、何かいい学びがないか探していました。そのとき出会ったのが、総合医育成プログラムです。
――プログラムを受講してみていかがですか
現場で診療している先生方の講義は、患者さんを前にしたときに本当に役立ちます。訪問診療を始めて最初はわからないことがあると持ち帰って、先輩の先生に相談してから治療する日々でしたが、当プログラムで学びを重ねるうちに、今はその場である程度自分で答えを出して治療できるようになっている感じがします。少しずつ総合医として診察できるようになってきたのではないかと感じています。
――印象的だった講義はありますか
循環器の先生は心電図を数多く読んでくださり、心電図読影のいいトレーニングになりました。マイナーエマージェンシーの講義では、耳鼻科や眼科などの救急を学んだことが印象に残っています。同期型学習でグループワークするときなどは、オンラインなのにその場にいるようで、実践的なトレーニングができたのは意外でした。
――一緒に学ぶ仲間との関係はいかがでしたか
グループワークで一緒になる先生方は、循環器や皮膚科、そして僕のようにほとんど臨床をしてこなかった方までさまざまでした。異なる経験を持つ先生方とコミュニケーションを取って、同じ課題に協力して取り組むのは、とても楽しい時間でした。修了後に個別に連絡を取ることはありませんが、ワーク中に悩みを話して安心できたり、ほかの先生の実践を聞いて勇気づけられたり、そうした交流が強く印象に残っています。オンラインのグループワークでも親しみを感じられたので、受講生や修了生が実際に顔を合わせる機会があれば、もっとコミュニケーションが広がるのではと思います。
予防と診療をつなぐ、公衆衛生×総合診療のアプローチ
――公衆衛生と総合診療を掛け合わせるメリットは
感染症対策では、保健所的な視点がとても役立っています。2022年から訪問診療で働いていて、ちょうどCOVID19の流行と重なっていました。高齢者施設内で患者さんの治療と同時に、いかに院内感染を起こさないよう対策を取るかを考えられたのは、両方の視点があったからだと思います。
それから予防接種や血圧管理といった、薬を使う治療以前の生活習慣の介入に自然と目を向けられる点も、臨床をするのに支えになっています。大学時代に、「公衆衛生は未だ病まざるを治す」医学だと教わったことが、病気にならないようにするアプローチとして今の診療にもそのまま融合していると思います。
――公衆衛生と総合診療を掛け合わせる苦労は
行政の立場で医療には関わってきましたが、患者さんを診てこなかったハンデはやはり大きいです。医師免許を持っているだけでは、当然ながら通用しません。
それでも何とかやり切るんだという使命感から、総合医育成プログラム以外にも必要だと思う学びは逃さず取り入れるようにしています。たとえば在宅診療は高齢の方が多いので、老年医学を積極的に学んでいます。そうした先生方から学ぶことで、病気を治すだけでなく、患者さんを1人の人間として見て、その方にとって何が大切か、どう生きたいかを丁寧に掘り起こし、治療に限らず必要な支援を提供できるように、今も臨床の力を磨き続けているところです。
行政と臨床の両面から見る「地域医療のいま」
――医療行政視点から、地域でどのような課題を感じておられますか
埼玉県の北部では医師不足がとても深刻です。南部は東京に近いのであまり問題はないのですが、北部では救急医療、在宅医療、がん治療まで医師が足りていません。とくに小児救急はかなり厳しい状況で、今後さらに逼迫していくのではないかと危惧しています。
――臨床医として何か地域の課題を感じることはありますか
病院に勤務してみて感じるのは、在宅診療のニーズがとても高いことです。がん治療などで長く入院していた患者さんが、自宅に戻りたいと希望して在宅診療を求めるといったケースは、毎日のように問い合わせがあります。勤務先の訪問診療科は、常勤医2名、非常勤医3名、看護師5名と比較的人手があり、今は何とか訪問診療の依頼に対応できていますが、これ以上依頼が増えると、すべてに応じるのは難しくなるのではと感じています。
「自分は誰に医療を届けたいのか」 原点に立ち返って歩む第2の臨床人生を
――行政・老健・在宅診療と働く場所が変わり、今の働き方をどのように感じておられますか
地域で暮らし、さまざまな事情で病院に来られない方に医療を届けることが、自分の使命だという思いが日々強まっています。ご自宅に伺うと、皆さんが待っていてくれて、喜んでくれるんです。僕も勇気をもらい、本当に充実していて、天職だと感じながら診療しています。
自分の命が続く限り診療を続けるつもりですが、30年間のブランクがあり、臨床の知識を忘れている部分もあります。だからこそ、これからも学び続けることが必要だと感じています。
――受講を検討している方へメッセージを
僕は妹の死があって、行政医として、1人の臨床医としても、外出できない人に医療を届けることが自分が医師になった意味であり使命だと思うようになりました。皆さんにも、それぞれ医師になったときの初心があると思います。誰に、どんな医療を届けたくて医師になったのか。原点を一度振り返ってみてはいかがでしょうか
ご自分が医師になった原点を振り返り、どこに向かいたいのかと目的地を考えたとき、地域に貢献することが成長につながる人は多いのではないかと思います。地域医療にはやりがいがあります。とくにへき地医療や訪問診療は医師が足りません。第2の人生からでも、僕のように臨床から離れていた期間があっても、総合医育成プログラムのような研修を受ければ臨床に立ち、人に喜んでもらうことができます。ぜひ研修を受けて診療に加わってほしいと思います。
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土屋久幸(特定医療法人好文会 あねとす病院訪問診療科)
1995年宮崎医科大卒業。群馬大学での臨床研修を経て、1997年より埼玉県の行政医師として衛生行政に従事。感染症対策、病診連携などの医療体制の整備に携わる。2023年総合医育成プログラム受講。2024年プライマリ・ケア認定医取得。2018年より国民健康保険鬼石病院・老健鬼石施設長(老人保健施設)、2022年より現職。
日本医師会認定産業医、日本プライマリ・ケア連合学会認定医、社会医学系専門医・指導医、日本禁煙学会禁煙認定指導医
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